GM-CSF吸入療法のはなし
監修:京都大学大学院医学研究科呼吸不全先進医療講座 准教授 半田知宏先生
原作:新潟大学医歯学総合病院 高度医療開発センター 特任教授 中田光
抗GM-CSF自己抗体が自己免疫性肺胞蛋白症を起こすわけ
GM-CSFとは、granulocyte macrophage colony stimulating factor (顆粒球マクロファージコロニー刺激因子)の略です。
1970年代にオーストラリアのMetcalf によって、骨髄の白血球の元になる細胞を増やすタンパクとして発見されました。
GM-CSFは、血液の病気や癌に対する化学療法後に血液の中の白血球が少なくなっている患者に対して白血球を増やす目的で、1990年代に薬として実用化されました。日本では、同じように白血球を増やす目的でG-CSF(granulocyte colony stimulating factor(顆粒球コロニー刺激因子))というタンパクが先に薬となり、GM-CSFの実用化は遅れました。
GM-CSFは、体の中のさまざまな細胞が造っています。
肺では、肺胞という酸素を取り込む袋状の組織にある「Ⅱ型上皮細胞」が非常に多くのGM-CSFを造っていて、肺胞の中に放出しています。放出されたGM-CSFは「肺胞マクロファージ」の表面にある受容体というタンパクに結合して、肺胞マクロファージが成熟したり、増殖したり、機能を強化したりするのを促しています。
肺胞マクロファージは、肺胞の中の「お掃除屋細胞」です。肺胞は、鼻や口から吸った空気が入ってきますから、埃や細菌なども入ってきます。また、肺胞の表面は「サーファクタント」と呼ばれる粘調な液で覆われています。肺胞マクロファージは、それらを取り込んで消化して、肺胞を清浄な状態に保っています。
自己免疫性肺胞蛋白症の患者さんの血液中には、GM-CSFを中和してしまう高濃度の抗GM-CSF自己抗体があります。本来、抗体は、外から侵入してくるウイルスや細菌などに結合して、排除するためにリンパ節などで造られますが、自分の体がもともと持っているタンパクに対して結合してしまう抗体ができることがあります。これを「自己抗体」と呼んでいます。GM-CSFに結合して、GM-CSFが働かない状態にすることを「中和」と言って、中和する自己抗体を「中和自己抗体」といいます。
自己免疫性肺胞蛋白症の患者さんの抗GM-CSF中和自己抗体は、血液の中ばかりでなく、肺胞の中にも入りこんでいくので、そこでⅡ型上皮細胞がさかんに出しているGM-CSFに結合して中和してしまいます。肺胞マクロファージは、GM-CSFが結合することによって成熟したり、増殖したり、働くわけですから、GM-CSFが結合できなくなると、途端に弱ってしまいます。肺胞の中の掃除ができなくなり、老廃物は肺胞に溜まる一方です。こうして起こるのが自己免疫性肺胞蛋白症です。
GM-CSF吸入は、なぜ自己免疫性肺胞蛋白症に効くのか?
自己免疫性肺胞蛋白症の患者さんの「弱った肺胞マクロファージ」を元気づけるために、GM-CSFを皮下注射で投与する試みは、1996年にオーストラリアのSeymour らによって行われ、一時的に患者さんの肺はきれいになって、呼吸機能は改善しました。でも、この治療を受けた患者全員が再発し、その後、次第にこの治療は行われなくなりました。
これに対して、GM-CSFを吸入で肺胞に到達させる試みが1999年に米国 Mayo ClinicのWylam らによって、比較的軽症の10人の患者さんに対して行われ、呼吸機能の改善が全員に認められました。
日本でも東北大学の田澤・貫和らが、2000~2002年に重症の自己免疫性肺胞蛋白症の患者さんに対し、“ 250μgのGM-CSFを1週間 朝夕2回に分けて吸入投与して、1週間休薬する ” というサイクルを12回繰り返したところ、呼吸不全は劇的に改善することを確認しました。その後、GM-CSF吸入療法は厚生労働省や文部科学省の研究助成を受け、確かに効くという確認ができて、この治療は世界中に広がりました。
2016~2017年に行われた医師主導治験PAGE試験の結果をもって、2023年、ノーベルファーマ社が医薬品医療機器総合機構に薬事承認申請し、2024年3月薬事承認され、7月に発売となりました。
ジェットネブライザーやメッシュネブライザーを使って吸入したGM-CSFを含む粒子は、大体3〜5μくらいの大きさです。でもそのほとんどは、口の中、咽頭、喉頭、気管、比較的太い気管支にトラップされてしまい、肺胞に到達するのは、ほんのわずかです。しかしながら、猿やヒトに吸入投与した後に血液中のGM-CSFを測ると、GM-CSFの血液中の濃度は吸入して1~2時間後にピークとなるので、確かに肺胞まで到達したのがわかります。
患者さんがGM-CSFを吸入して、肺胞まで到達すると、そこでは抗GM-CSF自己抗体が待ち構えていて、大部分は中和されてしまうと思われます。しかし、ほんのわずかでも中和されないGM-CSFが残れば、弱った肺胞マクロファージを元気にすることができます。
患者さんの肺胞が造る「GM-CSF」と、患者さんの肺胞の中へと移動してくる「抗GM-CSF中和自己抗体」、そして肺胞に残っている「肺胞マクロファージ」、これら3つのバランスが負に傾いているところに、吸入で入ってくるGM-CSFは、一時的に抗GM-CSF自己抗体が中和する能力を凌駕して、肺胞マクロファージの機能を元に戻す引き金になっていると思われます。
GM-CSFを長期に吸入した場合の影響について
カニクイザルでの長期吸入実験からわかったこと
人のGM-CSFが生理活性を示すカニクイザルでの長期吸入試験
2024年に、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)の反復吸入用の製剤が、自己免疫性肺胞蛋白症の治療薬として日本で承認市販されました。
しかし、GM-CSF抗体がない健常例での、長期にわたる反復吸入の詳細な生理学的および病理学的影響や用量を増やした場合の影響については、まだよく分かっていないところもあります。
そこで長期吸入試験として、2~3歳のカニクイザル24頭に、ネブライザーに装着したフェイスマスクでエアロゾル化したサルグラモスチム(酵母由来ヒト組換えGM-CSF)を4つの投与群(0、5、100、500μg/kg/日)に分けて隔週で26週間投与して, 全身状態を観察し、血中のGM-CSF抗体価の推移を記録し、肺組織のどこにサルグラモスチムが残るかを調べました。

(Tazawa, Ohashi, et al, Respir Res. 2024;25:402.)
26週間の吸入期間中、サルの体調は良好でした。しかしながら、細気管支と末梢の肺胞領域に傍気管支リンパ節(BALT)の増加が起こりました。
細気管支と肺胞の周囲に小さなリンパ組織(BALT)が形成され、その数とサイズは、投与量と相関しました。


いずれの動物も良好な体調を維持し、吸入期間中、体重は増える傾向にありました。(左)
5~500µg/kgの用量で下気道(細気管支~肺胞)に気管支関連リンパ組織(BALT)が生じ、その数・サイズは、投与量と相関しました。(右)
(Tazawa, Ohashi, et al, Respir Res. 2024;25:402.)
26週間GM-CSF吸入サルのBALTに抗GM-CSF抗体産生細胞がみられ、BALT内にサルグラモスチムが残っていました。

免疫組織化学分析で、気管支(A,B)、細気管支(C,D)、肺胞(E,F)のBALTにおいて抗GM-CSF抗体産生細胞がみられました。

BALTにおいて、ビオチン標識rhGM-CSF(緑)と抗IgG抗体または抗IgA抗体(赤)で染色した二重免疫蛍光の共焦点顕微鏡像で、抗GM-CSF抗体産生細胞がみられました。

サルグラモスチム特異的モノクローナル抗体を用いた検討では、500μg/kg 投与群のBALTで残存サルグラモスチムが気管支領域(A)、細気管支領域(B)、肺胞領域(C)でみられました。肺門リンパ節(E)にもみられましたが、脾臓(F)にはみられませんでした。対照群サルのBALTではみられませんでした(D)。
(Tazawa, Ohashi, et al, Respir Res. 2024;25:402.)
抗GM-CSF抗体は徐々に血中に出現し、その濃度と中和能はBALTの数・サイズと相関を示しました。
- IgG型GM-CSF抗体価(A)、IgA型GM-CSF抗体価(B)、中和能(C)、比活性(D)で示すようにGM-CSF抗体は吸入28日頃より徐々に出現しました。
- 抗体価とBALTのサイズおよび数との関係を調べたところ、病理検査時(189日目)のBALTの密度は、182日目のIgG型GM-CSF抗体価(E)および中和能(F)の両方と相関し、同様にBALTの大きさは、IgG型GM-CSF抗体(G)および中和能(H)の両方と相関を示しました。
(Tazawa, Ohashi, et al, Respir Res. 2024;25:402.)


まとめ
- 全てのサルグラモスチム長期反復吸入群(5~500μg/kg/日)で、細気管支~肺胞の周囲にBALTが形成され、その程度は用量が増えるにつれて増加しました。
- 吸入サルグラモスチムは、全治療終了後2週間の時点ではBALTの濾胞内に残っていることが確認され、抗GM-CSF抗体の産生につながっている可能性が考えられました。